出会い
昭和33年始、新宿東口、歌舞伎町への途中、富士銀行の隣に「ケルン」という喫茶店があった。地下がニッカバーになっており、そこのマスターの小島氏の主催する「ケルン山岳会」に入った。
三つ峠の岩場訓練やら、2月、富士5合目での雪上訓練、谷川西黒の冬期登坂等、中でも思い出深い山行は中央アルプス木曽駒の冬期登坂で、檜尾の尾根から入山、1週間ほど前進キャンプを組みながら木曽駒をアタックした。
懐かしい山の会であったが、名古屋転勤で退会した。
川越勤務の頃、秩父川又より滝川を朝日の友達3人で雁坂まで遡行、吊り橋小屋跡でビバーク1泊、まだ体力もあった頃で滝登りの醍醐味を味わった。取り付きを間違えて1時間ほど藪こぎでやっと尾根に出、夜道を下ったのも楽しい思い出となった。
再会
勤務の関係で山は遠ざかっていたが、肺癌治療後 リハビリをかねて歩き始め、朝日生命の仲間「ワイワイクラブ」で楽しみ始めた。尺八仲間の O さんの紹介で好山好山旅会に入会し、現在楽しんだ。 この期間15年、熱中したが、75歳、体力の退化で仲間に迷惑をかける状態になり、登山はやまた。 妻との旅行の数が多くなった。 栗原 弘
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